2008年05月
不定期更新です。気長にお付き合い下さい。
献血のお礼
献血のお礼
昨日は献血に参加していただきありがとうございます。
仕事を抜けて献血に駆けつけてくれた多くのパートナーの皆さん
本当にありがとうございます。
会社をあげて献血に参加してくれたパートナーの皆さん。
当社の担当外でありながら献血に参加してくれた方。
主人が献血できないので、代わりに私が来ました。と言って献血に参加してくれた奥さん。
「献血は身体が活性化して良いんだ。」といって参加してくれた方。
昨年の11月の献血の時よりも多くの方に参加いただきました。
ありがとうございます。
結果として、59名の方が献血受付をして、
なんと19.6リットルの新鮮な血液が集りました。
記録更新です。ありがとうございます。
次回は、平成20年11月頃開催したいと思っています。
私は、献血の意気込みは凄かったんですけど、献血出来ませんでした。
本当に残念。
ヘモグロビン量 HGB の数値が少し足りなかったのです。つまり 比重が足りなかったのです。
次回は、必ず献血できるよう努力する事をここに約束いたします。
取り急ぎ、献血の結果報告とお礼まで。
平成20年5月27日
株式会社 山 田 工 務 店
山 田 耕 治
2008/05/28
献血速報!
ちょっと、聞いてくれます。献血の意気込みは凄かったんですけど、献血出来なかったんですよ。どう思います。 ヘモグロビン量 HGB 12.2 男性の場合、12.5 必要だそうです。今まで準備して、今まで問題なかったのに、何と、門前払い。
がっかりしている様子。
2008/05/27
ありがとうございます
先日、引渡しが終わったお客様からお手紙を頂きました。
ありがとうございます。
うれしくて、うれしくて、このような手紙を頂くと。
ありがとうございます。
2008/05/27
献血
昨日までセミナーに参加して勉強してきました。内容については今後皆さんにお話をする機会があると思いますから、楽しみにしていてください。最先端の情報ですよ。
いつも思うのですが、最先端の情報と言うと、一瞬で全てが変化するような印象を持ってしまいがちですが、そんな事はありません。というのが私の最近の印象です。
複雑になったりもしていますが、身体感覚を磨く事が最先端の情報を手に入れる近道のような気がします。
さて、明日は待ちに待った献血の日です。私は、400CC献血を予定しています。前回は、糖尿病の恐れあり。と言う事で、社長の私が糖尿病で献血できない事になったら皆さんに献血の御願いが出来ない。と、考え 必死で体調管理を行いました。結構、危なかったんですよね。ほんとの話。
どれほど必死だったかというと、家族が驚くくらいの必死さでした。
今では駅前にある伊東先生から「大丈夫。」のお墨付き頂いています。
水も毎日沢山飲んでいるしね。
今から体調を整えて献血の日を迎えようと考えています。
ある人から献血のきっかけを頂き、それから社内で献血を行う事を決めて、続いている行事の一つです。
パートナーさん達も多く参加してくれています。今後も続けていく事ができるように努力していきたいと思います。
皆さんも良かったら参加してくださいね。
2008/05/26
お引渡し
先ほど、竣工した御宅の引渡しに立ち会ってきました。
無事、引渡しの儀式が終わって帰ろうとしたところ、
「少し待ってもらえませんか?」と言われ、「何だろう?」と待っていました。
すると、お施主さんがBGMつきで金色のベストに着替えて登場。
何と、手品を披露してくれました。
「担当者はもちろんわたし達全員びっくり。」
その後、拍手喝采!
手の中から真っ赤なハンカチが出たり、
長さの違うロープが同じ長さになったり、
黒い色をしたレコードが青いレコードや黄色・赤のレコードに変わったり、
何も無いところから花が出たりと、
本当にわずかな時間でしたが楽しく手品を楽しませていただきました。
ありがとうございます。
家をつくる。という私たちのモノづくりに対しての お施主さん自ら手作りのお礼
なのだと思い 本当に感動しました。
これだから、この仕事はやめられないのです。
うらやましいでしょう。
2008/05/18
おーるはっぴい 原稿
40歳まで焼津青年会議所という団体に所属していた。その頃「まちづくり」についていろいろと考える機会を頂き、「まちづくり」を肴に随分とお酒を飲んだ覚えがある。
既に9年前の話になる。
その時に、自分なりの勝手だけども真剣に考えた「まちづくり」プランがあった。
一つ目のプランは、「観覧車」の誘致だ。観覧車ビジネスが結構盛んで、日本全国で成功している例がかなり多い。横浜にある観覧車が儲かっている事で有名だ。確かに、観覧車をつくるのにはかなりの金額がかかり、メンテナンスも容易でないことも想像できる。しかし、経済波及効果がかなりになることを当時試算した事を覚えている。さすがに、個人でやっては難しいが、行政を巻き込みながら焼津新港の場所を借りて観覧車をやれば成功間違いないと思う。観光にも当然役立つしね。焼津新港に観覧車が出来て、観覧車から花火を見ることができる姿を想像してみて欲しい。ワクワクしてくる。昼間は富士山が見える。とてもいいプランだと思うがどうでしょう。
そしてもう一つのアイデアは、高草山の活用だ。高草山までリフトを通して山頂で夜景を見ることが出来るようにする。昼の景色を見せるだけでもでもきっと凄い評判になると思う。
噴水を作りたい。と検討した時期もあったそうだが、噴水よりも二つのプランの方が楽しいと思うがどうでしょう。
もっとも、今では行政もお金が無いのでとても実現不可能なプランだ。いつかは観覧車を寄付して、自分の考えが合っていたか検証してみたいものです
2008/05/14
港中学職場体験
今日から焼津市立港中学校の男子生徒三人が職場体験に来社してくれた。
そうすると、自然に自分の中学の頃を思い出す。
中学の頃は、いつも不機嫌だったような気がする。
今思うと反抗期だったんだと思う。いつも疲れていた。
尾崎豊の歌詞に出て来るほどじゃないけどね。
正しい表現の仕方を知らなかったなので、余計いらいらしていたのかもしれない。
また、思い出すのは、職業選択の自由が無かったことだ。
小さい頃から、「いい跡継ぎが出来たねェ。」といわれ続けて育ったからだ。
また、職業についても真剣に考えた事もなかった。
だからある意味お気楽だったような気もする。
そんな風でも、今の職業に結構満足している。
学校で建築について勉強をして、実社会に出て 一日中職人達と現場を掃除しまくる掃除監督を一年以上体験し、次に大きな現場の現場監督を7年間体験し、家業に戻った。家業に戻った理由は、父が体調を崩したからだ。
そんな風に職業は年齢や環境と共に変わる。
5年後、10年後は何をしているのかわからないと思う。
だから、今はこのような職業が良い。とはっきり言うことは出来るが、将来にわたっても大丈夫だ。とは言えない。時代と共に変わるからだ。
大企業が良いわけではない。のは確かだ。
結局、何をしたいのか。というのが大切だと思う。
その仕事を通して何を表現したいのか。かな。考えてもわからない場合は、とにかく行動あるのみ。動かなくちゃね。
2008/05/13
久し振りの休み
久し振りに休みを貰った。疲れたからね。
AM4:15起床 念入りにストレッチ。そして、筋トレ
ちょっと、贅沢をして、朝風呂。
AM 8:30 に髪の毛を切りに行ってから、
マクドナルドによって、ローストコーヒーMサイズ190円を買い、少しづつ飲みながら
志太地域をパトロールする。
仕事の事を考えずにあちこち車で走ってみる。
島田・金谷・藤枝・焼津・吉田方面
しばらくぶりに行くと、景色が変わっていて驚く。
あんな建物、こんな建物
あんな道路、こんな道路など いろいろ変化している。
「都市は生きている。 なぁ。」 と感じる瞬間だ。
PM1:40 お昼には、家族と岡部まで行ってラーメンを食べた。
5年ぶりだね。なんて言いながらラーメンを食べました。昔は凄く混んでいたけど昨日は少し待つだけで食べる事ができてよかった。
それにしても岡部までラーメンを食べに行くかね。
その後、昼寝。
そんな風に、リフレッシュして今日を迎えました。
今週は忙しい。あれこれと行事・来客・打ち合わせ と盛りだくさん。
港中学の子供たちが職場体験にも来る。
頑張るぞぉ。
2008/05/12
水滸伝
北方謙三「水滸伝」が文庫本となって完結したので、残り14巻から19巻まで一挙に大人買いをした。
そこで、読み始めて2日目。
16巻まで来ました。
相変わらず面白いね。
北方謙三氏は「水滸伝」について 夢を求め、滅んでいった男たちのドラマ と語っている。
総勢108人の主人公が活躍する北方水滸伝。かなり、創作の部分があるとの話だったので恐る恐る読み始めたところ 魅せられてしまった。
16巻の内容は、アマゾンより

「人には、志というものがあると知ったのだ。それは、躰を流れる血ではなく、心を流れる血だとな」
史文恭、闇から再来し、夢を奪う。
梁山泊は戦によって、潰滅寸前にまで追い込まれていた。回復の時を稼ぐため、侯健と戴宗が偽の講和案を持って高きゅうに近づく。また、晁蓋を殺した史文恭が再び動き出した。名を変え、商人になりすまし、次なる標的のそばで暗殺の機を待ち続けている。それに対し、公孫勝は袁明の首を狙っていた。堅牢な守りをかいくぐり、いま、致死軍が青蓮寺を急襲する。北方水滸、暗闘の十六巻。
2008/05/08
おはぎ
私は、小さい頃から「おはぎ」=「ぼたもち」が大好きだ。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ぼたもち(牡丹餅)とは、うるち米ともち米を混ぜて炊き、米粒が残る程度について1-2口大程度の俵状にまるめ、餡をまぶした食べ物である。甘味を口にする機会の少ない時代には御馳走であり、来客のもてなしや田植えの後の寄り合い、子供のおやつ、また法要の際などに供された。小豆餡のほか、黄粉、青海苔、ゴマ、ずんだ等も使われる。表面に餡をまぶす以外のものでは、握り飯の具材のように中に餡を詰めることもある。
今の時期になると良く思い出す。
ひとつのお皿にドンと山盛りになって置いてある。それを家族全員が一斉に食べる。そんな景色も思い出すのだ。食べ物と思い出が繋がっているいい例なのかもしれない。
今では、お腹が膨れるほど食べる事はできないが、それでも食卓に出ていれば沢山食べてしまう。
漉し餡よりも少し小豆が残っている方が好きだな。
2008/05/07
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